岡山県倉敷市の美観地区には大原美術館という観光名所があります。この大原美術館を設立した明治・大正時代の富豪、大原孫三郎は倉敷日曜講演という講演会を主催していました。これは全国の学者、知識人を招聘して講演をしてもらうというもので、1902年から20年近くも続きました。この第19回に当社の創業者金原明善が「経歴と希望」という題目で講演を行いました。金原明善は明治・大正時代に静岡県が生んだ偉人であり、行う事業はあくまでも公益優先を考える稀有の人でした。
彼は私財をなげうってまで天竜川の治山治水に取り組み、地域そして国家に貢献しました。
かつて、天竜川流域は杉・檜などの天然資源に恵まれ、その良材は天竜川を利用した水上運輸で各地へ運ばれていました。しかし、ひとたび豪雨が降ると大きな被害に見舞われていたことから、金原明善は、安全確実な輸送手段として鉄道による木材輸送事業を興しました。この事業が当社の源流です。
(昭和16〜20年)
(昭和30〜34年)
のオート3輪車
7トンダンプが完成
「たから号」
汐留から梅田へ
(1959年(昭和34年)11月5日)
ツートンカラーに
新開発中吊トレーラー
進出したフルトレーラー
(1966年(昭和41年)
5月7日)
通運車両
物流新時代に対応した大型物流拠点の第1号として、東扇島物流センターが完成。
これ以後、相次いで大型物流拠点が整備されていくこととなります。
(現・株式会社丸運トランスポート札幌)の株式取得(現・連結子会社)
(現・連結子会社)